#197 川越美和さん

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197回目は川越美和さんです

1988年10月26日に「Looking at You」で歌手デビュー。

一正蒲鉾のCMソングのタイアップとなり、キャッチフレーズは「天然的美少女」だった。

1989年、テレビドラマ『時間ですよ・平成元年』に7代目マドンナでレギュラー出演するなど、

エキゾチックな美少女ぶりで、ポスト後藤久美子と言われ、ドラマでも活躍した。

4枚目のシングルで同ドラマの挿入歌となった「夢だけ見てる」で、

同年暮れの第31回日本レコード大賞新人賞を獲得した。

同期歌手デビューに田村英里子さん、島崎和歌子さん、中山忍さん、

深津絵里さん、マルシアさん、千葉美加さん、細川直美さんなどがいる。

1996年頃から初瀬かおる名義で活動していた。「理想の結婚」出演当時の『TVガイド』によるところでは、

芸能活動休止後の事務所移籍を機にした心機一転の意味を込めての改名で、

名前自体には特別な意味はなかったという。

その後本名に戻してからも、ドラマ・舞台・映画などで活躍を続けた。

2007年に所属事務所を辞め、芸能界から引退した。

2017年5月30日発売の『週刊女性』(主婦と生活社)2017年6月13日号が報じた情報では、

引退後の2008年4月に東京都大田区内の自宅アパートで死亡しているのが発見され、

その時点で死後数日経過していたことが明かされた[2]。同誌の取材では、

川越が引退後不動産会社のテレフォンアポインターとして半年間勤めていたこと、

住居を巡るトラブルがあったこと、郷里の家族とは絶縁状態にあったことなどが、

元同僚の証言から明らかになった。

またこの報道を受けて、元恋人のカメラマンと、脚本家・桃井章さんも川越さんについて証言した。

デビュー後10代の頃の栄光を忘れられないのか、

気に入らない仕事を断るようになったために2004年頃には借金と酒浸りに陥り、

また生来の繊細さからか摂食障害を起こすなど、追い詰められていた様子を明かしている。


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#196 深津絵里さん

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196回目は深津絵里さんです

1986年(昭和61年)、東京・原宿で行われていた
ミス原宿グランプリ(コンテスト)に参加し優勝をしたのを
きっかけに13歳で芸能界デビュー。
1988年(昭和63年)3月26日公開の映画
『1999年の夏休み』でスクリーンデビュー。
同年、JR東海の「HOME-TOWN EXPRESS・クリスマスバージョン」
(クリスマス・エクスプレス'88)CMに15歳で起用され、広く認知される。
当初アイドル歌手としても活動していた(深津絵里と高原里絵を併用していた期間がある)。
同期歌手デビューに田村英里子さん、島崎和歌子さん、中山忍さん、
星野由妃さん、マルシアさん、千葉美加さん、川越美和さんなどがいた。
歌手としてミュージックステーションに
1989年6月16日「7つの涙」、
1989年12月8日「アプローチ」で2度出演した事がある。
堀越高等学校卒業。堀越に編入ではなく、
新入学する前は、日本音楽高等学校に在籍していた。
1996年(平成8年)には初主演映画である『(ハル)』が公開。
初主演ドラマは1990年(平成2年)TBSで放送された
『パラダイスにっぽん』(戸高正啓演出)。
1997年(平成9年)にフジテレビで放送された
『踊る大捜査線』に恩田すみれ役でレギュラー出演し、
同ドラマがブームとなったこともあり認知度も高まった。
1998年(平成10年)、ドラマ『きらきらひかる』(フジテレビ)では
主演を務め1999年、2000年にはスペシャルドラマも放送された。
2002年(平成14年)、主演ドラマ『恋ノチカラ』
(フジテレビ)は女性の共感を呼び、毎年冬になると再放送されている。
2003年(平成15年)に公開された
『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』、
『阿修羅のごとく』の2作品で第27回 日本アカデミー賞に
助演女優賞としてノミネートされ、
『阿修羅のごとく』で最優秀助演女優賞を受賞した
(ただし、授賞当日は舞台中であったためテレビ電話での出演となった。
2006年(平成18年)、動画配信サービスGyaOで
『深津絵里のblack comedy ブラコメ』がインターネット上で配信され、
翌2007年(平成19年)にDVDが発売された。
2008年(平成20年)、主演舞台『春琴』で
第43回紀伊國屋演劇賞 個人賞を受賞。同舞台は2009年(平成21年)、
イギリス・ロンドンのバービカン・センターと
東京・三軒茶屋の世田谷パブリックシアターで再演された。
2009年(平成21年)、2008年(平成20年)に公開された映画『ザ・マジックアワー』で
第3回 アジア・フィルム・アワードの主演女優賞候補に選ばれ、香港での授賞式に出席した。
2009年(平成21年)初夏には13年ぶりとなる主演映画『女の子ものがたり』が公開。
2010年(平成22年)映画『踊る大捜査線 THE MOVIE 3』が7月3日に公開、
映画『悪人』が9月11日に公開。この映画『悪人』で第34回モントリオール世界映画祭最優秀女優賞、
並びに第34回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞。
尚、日本アカデミー賞での最優秀主演/助演女優賞のダブル受賞は
桃井かおりさん・大竹しのぶさん・小柳ルミ子さん・倍賞美津子さん
・原田美枝子さん・和久井映見さん・樹木希林さんに次いで史上8人目。
2011年(平成23年)秋には主演映画『ステキな金縛り』が公開された。
2015年(平成27年)、主演映画『岸辺の旅』が、
第68回カンヌ国際映画祭「ある視点部門」に正式出品される。

# 195 円谷憂子さん

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195回目は円谷優子さんです

東京都出身。モモコクラブ(桃組1980番)を経て、
堀越高等学校在学中の1988年9月7日、バップから『HELP』で歌手デビュー。
この時期に当時の所属芸能事務所、
研音の先輩であった中森明菜さんが『ミュージックステーション』出演時に
「今度うちの事務所から円谷優子ちゃんという子がデビューします。
とても歌の上手い子なので、是非応援して下さい」と発言したことが話題となった。
康珍化のプロデュースを受け、シングル、アルバムをリリース。
康の歌唱指導がきわめて厳しかったというエピソードも明かしている。
タイアップなどもあったがテレビの出演機会は少なく、ヒットにも恵まれなかった。
当時、円谷の歌唱力を高く評価していた音楽評論家の能地祐子さんは
「こういう歌手が活躍する場のない今の芸能界が悲しい」とコメントしている。
デビュー当時は『ウルトラマン80』を巡って
TBSの幹部と円谷プロダクション創業家との関係が悪化していた時期ではあったが、
TBSの番組には特に問題なく出演していた。
1989年にはOVA『Hi-SPEED JECY』のヒロイン「ティアナ」役で声優としてデビュー。
オープニング、エンディングテーマも共に自身で歌っている。
1995年に円谷憂子と改名。シングル「一億のキス 一億の吐息」をリリース。
1996年、小室哲哉さんのプロデュースによるシングル「Mystery of Sound」をリリース、
小室サウンドが当時絶大な支持を得ていたこともあってスマッシュヒットを記録。
『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』に出演した際には、
司会の浜田雅功さんに「あーこの人知ってるー、あなた結構昔からやってますよね?」と言われていた。
小室のプロデュースによるシングルは2枚リリースされているが、アルバムは出ていない。
発売したシングルは10枚、アルバム2枚。その他、
1998年2月21日に発売されたCD「メビウスクラインII - 胎動」に
「星の降る夜から」(彼女自身の作詞)という曲で参加している。
その後、円谷プロダクション社員の男性と結婚し引退した。
ディスコグラフィー
シングル
▼ - バップから発売 ● - ポリスターから発売
■ - 東芝EMIから発売 ▲ - テイチク(スターランド)から発売 
◆ - バンダイミュージックから発売
▼HELP (1988年9月7日 作詞:康珍化、作曲:都志見隆、編曲:中村哲 C/W『贈り物』)
▼OH-NO (1988年12月21日 作詞:康珍化、作曲:都志見隆、編曲:船山基紀 C/W『エリー LONELY HEART』)
▼バツグンの気持ち (1989年3月21日 作詞:康珍化、作曲:多々納好夫、編曲:船山基紀 C/W『天使が僕に恋してる』)
日本テレビ系ドラマ『ツヨシしっかりしなさい』テーマソング
▼片想い (1989年6月21日 作詞:康珍化、作曲:羽田一郎、編曲:船山基紀 C/W『Please Please Me』)
▼19才 (1989年11月21日 作詞:康珍化、作曲:多々納好夫、編曲:杉山卓夫 C/W『同級生』)
▼せつないかもしれない (1990年5月21日 作詞:芹沢類、作曲:上田知華、編曲:杉山卓夫 C/W『映画に行こう』)
日本テレビ系番組『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』エンディングテーマ
▼イバラ姫 (1990年11月21日 作詞:康珍化、作曲:安部恭弘、編曲:萩田光雄 C/W『満月』『HELP II 』)
以下は円谷憂子名義
●一億のキス 一億の吐息 (1995年7月26日 作詞:中山紗月、作曲:三浦一年、編曲:河野伸 
C/W『一億のキス 一億の吐息(Radio Mix)』)
■Mystery of Sound (1996年12月4日 作詞:MARC、作曲・編曲:小室哲哉 
C/W『Mystery of Sound(Dance Floor Remix)』、『Mystery of Sound(TV Mix)』)
アニメ映画『金田一少年の事件簿』(1996年12月14日公開)主題歌
■CONFUSED MEMORIES (1997年5月28日 作詞:MARC、作曲・編曲:久保こーじ 
C/W『CONFUSED MEMORIES (K.C. Dance-Floor Mix)』、『CONFUSED MEMORIES(TV Mix)』)
日本テレビ系アニメ『金田一少年の事件簿』オープニングテーマ

# 194 坂上香織さん

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194回目は坂上香織さんです

実家は長崎市内で割烹料理店(現在は飲食店を複数)を経営しており、

姉2人・兄1人(長姉・次姉・兄)の4人姉兄の末娘である。

「香織」の名前は、父が産院にある「良い名前一覧表」から

目を閉じて無作為で指差して決められたという。

1986年、長崎県内で行われた、

歌手・荻野目洋子さんのコンサート会場でスカウトされ、芸能界デビュー。

女優として最初の仕事、江崎グリコ『プリッツ』(1987年)のTV-CF出演を皮切りに、

『ガキ大将がやってきた』(1987年、TBS系)でドラマデビュー。

その後、『独眼竜政宗』(1987年、NHK)、『太陽の犬』(1988年、日本テレビ系)などに出演。

また、1988年8月には東芝EMIより『レースのカーディガン』で歌手デビューし、

歌番組やバラエティ番組などにも多く登場した。

アイドル時代には、故郷である長崎から母親が上京し、一緒に生活していた時期があったが、

高校在学中からアイドル活動が振るわなくなり、CDにおいては、

1990年6月に5thシングル『瞳のダイアリー』、

7月には3rdアルバム『ARE YOU READY?』

(オリジナル・アルバムとしてはラストアルバム)のリリースを最後に、

9月にミュージック・ビデオクリップ集、10月にビデオ・シングル・ディスク(VSD)を発売し、

アイドル歌手活動を実質的に終了させた。現役時代には1枚もベストアルバムは発売されなかったが、

同年11月には東芝EMIの企画盤「BEST NOW」シリーズで、『BEST NOW 坂上香織』を発売した。

1991年2月頃より、名前を「坂上かおり」と平仮名に改名するも、約二年後に元の漢字表記に戻した。

1993年には、週刊誌 『週刊プレイボーイ』でヌードを披露した。

また、それと前後して所属芸能事務所も移籍した。

後年これについて、「女優へ転身するためのターニングポイント」と、

アイドル活動の行き詰まりに伴い、女優へと路線転換するためのものであったとしている。

その後は濡れ場や汚れ役もいとわず演技の幅を広げており、

オリジナルビデオ(Vシネマ)や2時間ドラマなどに出演。

2008年、GPミュージアムソフトのビデオシネマ出演以降の活動は不明。

デビュー当時から、料理・カメラ撮影・映画鑑賞・映画のポストカード収集などを趣味としている。

料理の腕前に関しては、中学生の頃から煮物等の和食全般が特に得意であった。

3rdシングル『プラトニックつらぬいて』には、

未収録音源で幻の「VERSION I」と呼ばれるオリジナル・ヴァージョンが存在するため、

CDシングルとして発売されたヴァージョンは「VERSION II」である[独自研究?]。「VERSION I」は、

当時のTBS系バラエティ番組『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』において、

口パクではあるものの、一度だけ公開されたことがある。

4thシングル『グッドバイ・マイ・ラブ』で1989年8月17日放送の「ザ・ベストテン」に

『今週のスポットライト』で出演した際、

共演していたチェッカーズ時代の藤井フミヤさんのファンであることを明かし、

フミヤさんと握手したことがある。

#193 岡本南さん

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193回目は岡本南さんです

1986年、バレンタインチョコ売場にてスカウト。

1987年頃から本名の林淑子名義でグラビア・タレントとして活躍。

その後1988年に"岡本 南"として

シングル『風とかくれんぼ』(テイチクから発売)で歌手デビュー。

同曲はTBS系列のドラマ『時間ですよ たびたび』の

劇中歌としてすべての回で屋根の上で曲を歌うシーンが流され、

岡本自身もみなみ役としてレギュラー出演した。

オリコン週間シングルランキングでは最高位18位・売り上げ枚数3.1万枚を記録。

1973年に同じく「時間ですよ」でデビューし人気を得た「浅田美代子さんの再来」と言われ、

オリコンウィークリー社長が「首位は狙える」と予想するなど大変、

前評判の高いアイドルであった。但し、本人は松田聖子さんに憧れており、

イメージ戦略に徹し切れていない面もあった。

同曲ではザ・ベストテンの今週のスポットライトコーナーに

高校の先輩である姫乃樹リカさんと出演し、「リカちゃん」と呼ぶなど仲の良さをアピール。

また、当番組出演中に森光子さんをはじめとしたドラマ共演者は

ちょうど本人の出ないシーンを収録中だったが、

休憩して皆で生放送を視聴していたエピソードが物語るなど非常に業界受けもよかった。

尚、同曲で新宿音楽祭銅賞を受賞したが、

緊張のあまり本名である「林淑子です」と自己紹介してしまったが、

共演していた相川恵里さんから「同学年とは思えないほどしっかり者」と評され、

実際に同級生の中では姉御肌で通っていた。

2002年10月23日、Reona(レオナ)に改名。

世界初のエンハンストCDの「新しい風を抱きしめて」で

ガウスエンタテインメントからR&Bシンガーとして再デビュー。

2005年10月、ヴァーテックスレコーズ・ポニーキャニオンへ移籍し

「届けたい/未来」を発売。現在は、ラジオパーソナリティー、

シンガーソングライターとして作詞の提供、自身のライブ活動を中心に活動している。

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